2001年2月27日号


春を呼ぶ獅子舞いばやし 南三陸の海に響く

波伝谷(はでんや)の獅子舞い
(宮城県本吉郡志津川町)

齋藤 仲さん
(69歳)
戸倉神社宮司。
0226・46・9421     (戸倉神社)

 海は、曲がりくねった国道を登るとふいに目の下に開け、またすぐに山に隠れる。山が山の形のままストンと海に落ち込んだように、三陸の集落は海ぎわなのに山が迫っている。波を伝える谷、と書く宮城県志津川町波伝谷もそんな集落のひとつだ。地形が暮らしのなりわいを決め、農漁業を支えるとともに、海と陸の形に沿って津波も押し寄せてきたという。
 この地域に古くから伝わる春祈祷の神事がある。志津川町指定無形文化財、集落中を獅子が舞い歩いて厄を払い、悪を退散させて、1年を無事に過ごそうという共同祈願だ。少し前まで、この春祈祷がなければ1年の区切りがつかなかったとか。
 「病気、火事、災害、不幸、人の暮らしのあらゆる悪いものを獅子に噛ませて、家からも村からも退散させるんです。東境からはじまって、太陽の動く方向の西境へ回ります」と戸倉神社宮司の齋藤仲さん。はっきりしないが戸倉神社の起源は800年昔、最初の獅子頭は行基菩薩の作だという伝説もある。
 獅子舞いの中心は契約講の人々だ。前日に全員が集まり、高台にある神社から獅子を下げるか下げないかの協議がなされる。悪天候などで獅子を下げられなければ、春祈祷も中止だ。下げると決まれば稽古。頭、前足、後ろ足と、3人で舞う珍しい形式である。獅子頭の重さは10キロを越える。これを抱えて、3人の呼吸を合わせて舞うのは、毎年のこととはいえ重労働だ。始終交替しないと続かないので、みんなできるように練習するという。
 当日は日の出とともに獅子頭を下ろし、獅子を日の出に対面させる。神社でホゲ様(法印様)の払いを受け、笛・太鼓で囃しながら順繰りに全戸を回る。先達が塩と榊を持って浄め、ホゲ様が家ごとに神事を行い、獅子が廊下から座敷へ上がって舞う。家々では必ず豆腐を獅子に噛ませる。家中のケガレを獅子が吸い込んできたので、これを豆腐に噛み入れて吐き出させるのだ。その後獅子の口を酒で浄める。
 時間がたち、行列が進むに従って、追いかける子どもも増える。あらゆるところで酒が出、子どもにもお菓子が振る舞われる。頭病みしないように噛んでくれと獅子の前に頭を出すおばあさん、噛まれて泣き出す子ども、酔って乱れる行列の足。集落をあげての神と人との交流である。獅子舞いを演ずるのは男たちだが、同じころ契約講の女たちは、獅子が出ていった集会所で大きな数珠を全員で回しながら、獅子念仏と称する念仏を唱えている。
 80戸ある集落を回り終わるのは夜になってから。最後は浜辺へ行ってその日使った榊を砂に立て、行列に加わった人々が全員で石を投げて倒す。この間中、獅子は海を向いて口を開けている。榊が倒れると人々の間から歓声がわき、同時に獅子も口を閉じて、この後来年の春祈祷まで口を開くことはない。
 「私たちが子どものころは獅子舞いの真似をして遊んだし、今の子どももそうです。旧暦2月15日に行ってきましたが、昨年から3月第2日曜に変わりました。おとなにも子どもにも大事な行事ですから、無理なく参加できる日のほうが長続きします」。
 今でも波伝谷は契約講が力を持っている。1戸からひとりだが全戸が講に加わるわけではなく、古い家だけ。結婚と同時にメンバーになり、それまでメンバーだった父親が抜ける。村の生活にかかわる大事なことをすべて取り決めてきた。取材をお願いしたら、宮司さん父子と契約講の講長・星亨さん、副講長・三浦政和さんも話を聞かせてくれた。講の役員は持ち回りだそうだ。少し前まで、講の決定は法律にも優先すると考えられた大事な組織だからなお、役員を固定しないという。
 春祈祷が終われば、そろそろ春の農作業準備が始まる。

日時/3月11日
場所/宮城県本吉郡志津川町戸倉字波伝谷
問 /志津川町商工観光課 TEL0226・46・2600


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